そういえばクリスマスでしたね

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さて、某こ○ちブログにて、『こ○あん二段と、す○いれ二段うざい』から


『棋譜係の某二段うざすぎ』


に変わっていたのを発見した、こしあん(棋譜係二段)です。ぼかした割には、あえて一人に特定しているあたりの意図がイマイチつかめませんが・・・まぁ『うざかった』ということ変わりは無いんでしょう。訂正箇所は見受けられる限り、以上だったようで。あくまで自分のことについては触れないようですね。自分のことはカワイイようです。せいぜい人をバッシングして、気持ちよく年越しでも何でもしてください。



・・・ということで、今非常にささくれ立ってます、俺。別にブログに書かれてるとか、そんなことは微塵もなく・・・そう、今の自分の環境が原因です。クリスマス、そうクリスマスなんてありましたね。










朝から晩まで働いてましたが何か










前にも書いたかもしれませんが・・・クリスマスって、果たしてメディアが垂れ流しているほど



幸せな人って多いんでしょうか?



到底そうは思えない。一部の幸せなヽ( ・∀・)ノヽ(・∀・ )ノ カプール の方々だけが楽しんでいるようにしか思えない(もちろん、家族団欒は除く)。それであるというのに、何故にこうも騒ぎ立てるのか。俺にとっては、バレンタインデーに続く


『年間嫌な行事トップ3』


にはいる日です。笑顔の人を見ると、片っ端から殴り倒したくなります。年末年始はバイトでギッシリの俺は、もう心はブルブルーです。加えて今日は雨。寒い、というか痛い。見知らぬ土地を勤務地に指定されたため、右も左も分からない中での配達です。何故か手から湯気がでています。地図を見ていたら、どっかのババァに



カサで『おらどけよっ』みたいなことされました。



踏んだり蹴ったりです。当然配達はサッパリはかどらず、


『一時間超過勤務しろ』


なんていわれてしまう始末でした。










・・・もちろん即答で断りましたが。










さらに夜、黒ネコの職員には


『クリスマスの夜に働ける人とか、信じられない』


なんて言われてしまいました。まぁ俺に対してではないんですがね。かといって、


俺の横で言うってことは


それなりの意図でもあるんでしょうか。その気になれば、荷物をどこかに隠蔽することも容易い仕事をしている俺に対して・・・!




毒吐きまくりですね。読んでて不快ですね。ごめんなさい。こういうときは、偉い人の話でもして心を清らかにしたいと思います。


大学の授業のひとつに、『言語思想』という授業があります。興味本位から取っているのですが・・・これがなかなかに面白い。基本的には


・言語は、いかにして生まれ、どのようなものなのか


ということを、過去の偉人さんたちが論じていった過程を学ぶものです。
簡単に紹介していくと、まず最初に考えられた言語の存在とは、すなわち『神が世界を創造するために使ったもの』ということです。神は『山よ在れ』と言葉を発したために、山は存在するようになった。つまり言葉とは『神の創造力』であり、人間は神の使いとして、その言葉を受け継いだとするものです。
また、世界は当時『統一言語』と呼ばれる、唯一つの言葉を、全ての人が話していた。人々は神に近づこうと、言葉を使い協力し、天に続く塔を建てたといいます。それを怒った神は、人々から言葉を奪い、バラバラにしてしまいました。言葉を分かたれた人々は協力する術を失い、塔は完成されなかった。これが若干有名な『バベルの塔』の話になります。

なんていう宗教チックな話から始まり、その後様々な学者が、いろんな見解をみせていきます。が、総じて根幹にあった理論が


『言語は、何か(モノ)の代替物である』


とするものでした。今ここに、後に『石』と呼ばれる物体が存在し、それを人は他人と意識を共有、疎通するために『石』という名前をつけ、これを実際の石の変わりに、『石』という言葉で相手に伝えようとしたわけです。つまり世界に対して人間が『言葉をつけていった』という考え方ですね。


ところが、ソシュールという学者は、長きにわたって定説とされてきた『ものの代替物』という考えを切り捨てた人物でした。ソシュールに言わせると、言語とは


『人間が世界を認識するためのものである』


ということでした。つまり、世界は最初、混沌としたものとし、人間はその混沌から一つずつ『木』『石』『水』などと、区分けをしていったのです。つまり人間は言語を使うことによって、自分の周りという世界を創造していったということです。『モノに名を与える』のではなく、『名がモノの存在を確定させ』たということですね。そうして人間は世界を認識していったのです。

と考えると、最初に語られた『言葉は神が世界を創造するために用いた』という宗教チックな話は、妙に的を得ているとも考えられますよね。神を人に置き換えればいいだけの話なんです。宗教って、一見胡散臭そうですけど、結構真理を突いていたりするもんなんですねー。うーん。奥深い・・・。










つまんないですかそうですか。
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この記事へのコメント
お疲れ。

こしあんは何の日がすきなのかしら。

バレンタインにはチョコあげるからね!!
ゆば入りがいいかな^^
2006/12/27(水) 14:11 | URL | あぐあぐ #-[ 編集]
大学の授業のひとつに、、、、まで読んだ。w
2006/12/27(水) 18:58 | URL | さすらいのオセロ名人 #-[ 編集]
>>まるこさん
チョコはありがたいですが、ゆばとの相性はよくないと思います(゚□゚;)

>>251さん
たぶんそれ、正着です。
2006/12/29(金) 01:02 | URL | こしあん #-[ 編集]
名前書き忘れた!

by  みぃ二段
2006/12/29(金) 14:59 | URL | 251 #-[ 編集]
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